ガリシア
静粛さの漂う中に

スペイン半島の北西部に、「ガリシア」と呼ばれる地方(自治州)があります。 日本ではあまり紹介されることのない地方ですが、「カミーノ・デ・サンティアゴ」の終着、サンティアゴ・デ・コンポステーラがある地方と言えば、イメージできる方もいらっしゃるかもしれません。”Finis Terrae”「地の果て」とも呼ばれるように、ヨーロッパ大陸の最西端です。

信州に似た風景に出合える地域

また、海岸線は起伏に富んでおり、「リアス式海岸」と言う時の「リアス(rías)」はこの地方の入り江の多い海岸地形の名前からきているようです。 一般的には、主だった工業もなく、地味も乏しく、大消費地からもはずれ、伝統的に半農半漁の貧しい地方と言われ、中南米への移民や出稼ぎの多い地方だという話しを聞いたことがあります。確かにスペインの他の地方に比べると面白みに欠ける地域かもしれません。建築を見てもアラブの文化的影響もなく、カステーリャの荒涼とした赤い大地、地中海に面した地域の色彩に富んだ景色、アンダルシアのオレンジ色の屋根に白い壁の家々、一面のヒマワリ畑、風車の連なる景色など個性が強い地域が多いのですが、ガリシアにはほとんどそのようなものは見られません。 しいていえば、雨がちの緑の深い穏やかな景色が多い地域で、何か、信州の山間の地域を連想してしまうなど、ある種のここち良さを感じることでしょうか。

信州に似た風景に出合える地域

日本では、この地域の独立意識が高いことは、ETA(エタ)の活動でご存じの方が多いかもしれません。ETAとは、バスク語で「バスク祖国と自由」を意味する言葉 Euskadi Ta Askatasuna を略したもので、バスク地方の分離独立を目指す急進的な民族組織です。その活動とともに、斧にとぐろを巻くヘビがシンボルというのも不気味な感じがします。

心が落ち着くガリシアの街や村

人柄も穏和な感じで、自己主張の固まりのような人間性も見られません。そういう意味で、「日本で言われているようないわゆるスペイン的なもの」を期待して訪れるとだいぶそのギャップに驚くかも知れません。日本で言えば北海道と同緯度の地域ですから、夏に旅行しても、朝晩は涼しいくらいの気候ですし、おいしい海産物の宝庫です。 ガリシアには紹介したい街や村がたくさんあります。そして、サンティアゴへの巡礼路を抜きには語れませんが、その話は別に記したいと思います。“スペイン”に疲れた方は一度訪れて見て下さい。

ポルトマリン(Portmarin)

日本にもダムの建設によって水没した村があります。ここに紹介するポルトマリンもそんな村の一つです。もともとはミーニョ川にかかる橋のたもとにあったそうですが、ペレサールダムの完成により水没することになり、高台の場所に移転した村です。しかし、日本とちょっと違うのは、村の中心にある聖ヨハネ騎士団教会を解体し、石を一つ一つ運び、新しい村へ移築したことでしょう。長方形の堅固な作りの教会で、繊細な彫刻のあるアーチの局面を持つロマネスク様式の入口が特徴的です。よく見ると今でも石には移築する際につけたと思われる記号が読み取れます。どんな思いで石を運び復元したのでしょうか。

小さな街の小さなホテルでの思い出

村はそんな過去を感じさせずに落ち着いた風情を漂わせています。 この村の一軒の小さなオスタルに泊まりました。部屋が空いているか尋ねたら、小さな可愛い女の子が案内してくれました。小学校低学年といったところでしょうか。 「今日空いている部屋はここと、ここです・・・」といってもお客さんがいる気配はありませんが・・・」お家の人はいないのかなと思いつつ、2階の一室に泊まることにしました。それからが大変。シーツ運ぶの手伝って・・・次はタオル・・・ここはセルフサービスなのかなと思っているうちに、「ディアナ、ディアナ」と階下から呼ぶ声がします。家の人が帰ってきたようです。タオルを抱えて突っ立っている私を見て「アラアラごめんなさい」といって、恰幅のいいおばあさんが部屋を整えてくれました。

初めての友達-ディアナ

シャワーを浴び気持ちのよい風に吹かれて村を一回りしていると、夏休みなのか、平日なのに子供たちが広場で遊んでいます。ディアナを見つけると駆け寄ってきて何やら話しかけてきます。彼女とは言葉があまり通じませんでしたが一緒に遊んでくれました。

スペインの子供たちは、通りすがりに必ずと言っていいほど、「オラ!(こんにちは)」と声をかけてくれます。笑顔がとても素敵です。あれからだいぶ時間がたってしまいましたが、元気に暮らしていることでしょうか。